東京高等裁判所 平成5年(行ケ)52号 判決 1997年4月24日
東京都中央区日本橋室町2丁目2番1号
原告
東レ株式会社
同代表者代表取締役
前田勝之助
同訴訟代理人弁護士
柴田眞宏
同
松崎曻
同弁理士
樋口榮四郎
東京都千代田区丸の内3丁目2番3号
被告
株式会社ニコン
同代表者代表取締役
小野茂夫
同訴訟代理人弁護士
有賀信勇
同弁理士
西澤利夫
主文
特許庁が平成3年審判第1742号事件について平成5年2月25日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨の判決
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は、名称を「反射防止性透明材料およびその製造方法」とする特許第1341773号発明(昭和55年9月4日に特願昭55-121745号として出願され、昭和61年2月24日に特公昭61-6089号として出願公告され、昭和61年10月14日設定登録されたものである。以下「本件特許発明」という。)の特許権者である。
被告は、平成3年1月29日原告を被請求人として、本件特許を無効とすることについて審判を請求し、平成3年審判第1742号事件として審理された結果、平成5年2月25日、「特許第1341773号発明の明細書の特許請求の範囲第1項ないし第3項に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決があり、その謄本は同年3月31日原告に送達された。
(2) 原告は、平成5年10月28日、本件特許発明の明細書を訂正することについて審判を請求し、平成5年審判第20677号事件として審理された結果、平成8年11月8日、「特許第1341773号発明の明細書を本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。」との審決があり、その謄本は同年11月27日原告に送達された。
2 訂正審決前の本件特許発明の特許請求の範囲第1項
透明基材の表面に反射防止層を有する反射防止性透明材料において、前記反射防止層は少なくとも微細空孔と、1~300mμの微粒子状無機物とを有する層であって、該層は基材よりも低い屈折率を有し、かつ前記反射防止層の表面に保護コーティング層を有することを特徴とする反射防止性透明材料。
3 訂正審決後の本件特許発明の特許請求の範囲第1項
透明基材の表面に反射防止層を有する反射防止性透明材料において、前記反射防止層は少なくとも微細空孔と、1~300mμの微粒子状無機物とを有する層であって、該層は基材よりも低い屈折率を有し、かつ前記反射防止層の表面に有機熱硬化性樹脂の保護コーティング層を有することを特徴とする反射防止性透明材料。
4 審決の理由
別添審決書写しのとおりであって、その要点は、本件特許に係る特許請求の範囲第1項記載の発明(本件第1特許発明)の要旨につき上記2のとおりのものと認定したうえ、本件第1特許発明は、その出願前頒布された刊行物である米国特許第2601123号明細書(本訴における甲第3号証)に記載された発明であると認められるから、特許法29条1項3号の規定に違反して特許を受けたものであって、同法123条1項1号(平成5年法律第26号による改正前のもの)の規定に該当する、としたものである。
5 審決を取り消すべき事由
本件第1特許発明の特許請求の範囲は、上記1(2)の訂正を認容した審決の確定により、上記2から上記3のとおり訂正された。
しかるに審決は、上記2に記載されたところに基づいて本件第1特許発明の要旨を認定し、これを前提として、本件第1特許発明は米国特許第2601123号明細書に記載された発明と同一であると判断し、本件特許明細書の特許請求の範囲第1項ないし第3項に記載された発明についての特許を無効としたものであるから、違法として取り消されるべきである。
第3 請求の原因に対する認否
請求原因事実はすべて認める。
第4 証拠
本件記録中の書証目録記載のとおりである。
理由
1 請求原因事実についてはすべて当事者間に争いがない。
上記事実によれば、本件第1特許発明の特許請求の範囲は、出願当初から、請求の原因2記載のものから同3記載のとおり訂正されたものとみなされるところ(特許法128条)、審決は、請求の原因2記載の特許請求の範囲に基づいて本件第1特許発明の要旨を認定したものであるから、結果的に本件第1特許発明の要旨の認定を誤って、請求の原因4掲記の公知文献記載の発明との対比、判断をした違法があるものというべきである。そして、上記違法が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
したがって、原告主張の取消事由は理由がある。
2 よって、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)
平成3年審判第1742号
審決
東京都千代田区丸の内3丁目2番3号
請求人 株式会社ニコン
東京都渋谷区宇田川町2-1 渋谷ホームズ208 西澤国際特許事務所
代理人弁理士 西澤利夫
東京都中央区日本橋室町2丁目2番1号
被請求人 東レ株式会社
東京都港区虎ノ門1丁目19番14号 邦楽ビル7階 田中宏特許事務所
代理人弁理士 田中宏
東京都港区虎ノ門2-5-5 ニュー虎ノ門ビル5階 田中宏特許事務所
代理人弁理士 樋口榮四郎
上記当事者間の特許第1341773号発明「反射防止性透明材料およびその製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
特許第1341773号発明の明細書の特許請求の範囲第1項ないし第3項に記載された発明についての特許を無効とする。
審判費用は、被請求人の負担とする。
理由
[1]本件特許第1341773号発明は、昭和55年9月4日に特願昭55-121745号として出願され、昭和61年2月24日に特公昭61-6089号として出願公告、昭和61年10月14日にその特許権の設定の登録がなされたものであるところ、平成3年1月31日にその特許請求の範囲第1項記載の第1発明について、無効審判請求を受けたものである。
[2]本件第1特許発明の要旨
本件特許第1341773号の第1発明(以下、単に「本件第1特許発明」という。)の要旨は、特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。
「透明材料の表面に反射防止層を有する反射防止性透明材料において、前記反射防止層は少なくとも微細空孔と、1~300mμの微粒子状無機物とを有する層であって、該層は基材よりも低い屈折率を有し、かつ前記反射防止層の表面に保護コーティング層を有することを特徴とする反射防止性透明材料。」
[3]請求人の主張
請求人は次の3つの理由により本件第1特許発明は特許法第123条第1項の規定に該当し、無効とされるべきものであると主張している。
(1)本件第1特許発明は、本出願前頒布された刊行物である米国特許第2601123号明細書(以下、「甲第1号証」という。)に記載された発明であるから特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものである。
(2)本件第1特許発明は本出願前頒布された刊行物である上記甲第1号証及び特開昭52-26237号公報(以下「甲第2号証」という。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明し得たものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。
(3)本件第1特許発明に関し、微細空孔をどの程度の割合とするのか、またその割合と微粒子状無機物の種類との関連はどのように規定されるのかについて、客観的、具体的な説明が無く、明細書の記載が特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないから、同条同項の規定に違反して特許されたものである。
そして、請求人は、反射防止膜の条件は、その屈折率をn、厚さをd、基材の屈折率をng、光の波長をλ、とすると単層ならば、n=ng,nd=λ/4を満たすことを示すために、久保田広他編「光学技術ハンドブック増補版」株式会社朝倉書店発行第449頁(昭和50年7月20日、以下「甲第3号証」という)を、テトラエチルオルソシリケートは、使用形態が加水分解溶液であって、この溶液は硬質塗料の一種であることを示すために特開昭53-30677号公報(以下「甲第4号証」という)を、シリコンオイルを浸み込ませた布地でみがくと、表面に薄いシリコンオイルの膜が形成されることを示すために、中島功、有我欣司編著「けい素樹脂」日刊工業新聞社発行第49~69頁(昭和49年10月20日、以下「甲第5号証」という)を、MgF2単層膜からなる反射防止層がポーラスであることを示すために、特開昭50-123354号公報(以下「甲第6号証」という)を、及び通常シリコーンオイルによる撥水性処理とは、シリコーンオイルの塗布後、熱処理を伴い、それにより当然に個体の薄い層が形成されることを示すために、中島功、有我欣司編著「けい素樹脂」日刊工業新聞社発行第186~187頁(昭和49年10月20日、以下「甲第7号証」という)を提出している。
[4]被請求人の主張
(1)について、
本件第1特許発明の反射防止性透明材料は、透明基材の表面に、反射防止層と、この反射防止層の表面に設けられた保護コーティング層との2層が存在するのに対して、甲第1号証の発明は、保護コーティング層を設けることは記載されていない。
(2)について、
甲第2号証に記載されたシリコーンオイルは、液状のものであり、本件特許発明の保護コーティング層とは目的、作用を異にする。
(3)について、
透明基材の表面に微粒子状無機物質層等の光学的薄層を形成することは、本出願前から行われていたことであるし、微細空孔の割合の程度、その割合と微粒子状無機物の種類との関連は、本件特許発明の構成要件ではない。
そして、被請求人は、甲第2号証のシリコンオイルが、液状のものであることを立証するために、乙第1号証を提出し、請求人の主張はいずれも理由がないと主張している。
[5]甲第1~7号証及び乙第1号証の記載
甲第1号証には、ガラス板、レンズ等の光学部品、プラスッチク等の透明基材よりなる物品の表面に透明な固体の無機物材料の個々に独立したミクロ粒状の、実質的に等寸法の略球状粒子の層で被覆することにより表面反射を減少させ、かつ光線透過率を増大させることが記載され(第2欄第17~46行目参照)、ミクロ粒子の粒径は60mμあるいはそれ以下であること(第3欄第23~54行目参照)、無機物質材料が、二酸化珪素、コランダム等であること(第2欄第47~第3欄第22行目参照)、屈折率は、被覆層-空気層面での実質的に1から徐々に増加し、被覆層-基材界面での基材自身の屈折率に近づく屈折率へと変わること(第3欄第29~34行目及び第4欄第38~42行目参照)、無機物材料の個々に独立したミクロ粒状の、実質的に等寸法の略球状粒子の層が微細空孔を有すること(第7欄第30~第41行目及び第1、2図参照)も記載されている。
そしてまた、甲第1号証の第7欄第30~41行目には、「上記の被覆を拭き取りや取扱いに強くするため、細かく分散した微小粒子の透明な粒子の第1層に、粒子間の空間や細孔を完全に塞がずに、表面反射減少層そのものを形成する個々に独立した粒子11をその位置で固定する役割を果たす、透明なバインダー層を塗布する。」ことが記載され、バインダー層の材料として、テトラオルソシリケートが例示されている。(第7欄第63行目以下参照)
甲第2~7号証及び乙第1号証には請求人、被請求人がそれぞれ立証しようとする前述の事項が記載されているものと認められる。
[6]当審の対比判断
本件第1特許発明と、甲第1号証に記載された発明とを対比すると、両発明は、発明の技術的思想において共通し、甲第1号証に記載された透明なバインダー層は、本件第1特許発明の保護コーティング層に相当するから、本件第1特許発明の構成は、全て甲第1号証に記載されているものと認められる。
被請求人は、甲第1号証には本件第1特許発明の「保護コーティング層」が記載されていないとする理由として、甲第1号証におけるバインダー層は、無機物粒子を透明基材に固着させるためのものであって、該粒子と一体となって反射防止層を形成しているものであり、個々の無機物粒子そのものは反射防止層ではない、と主張している。
しかしながら、甲第1号証において、無機物質粒子が、当該バインダー層を用いること無く塗布され、反射防止層を構成するものであることは、甲第1号証の第4欄第11~19行目の「上記の極微小な個々の独立した微細粒状の透明な固体のほぼ同じ大きさの粒子を重量で0.1から6%含む水溶液は、透明な物質の表面に塗布されたとき、極めて有効な上記の性質を有する被覆を生ずることが実験的に見いだされた」という記載を始め、被覆を生じせしめる実施態様や、バインダー層を用いることが付加的な要件として記載された甲第1号証記載の発明全体を見れば明かであるし、バインダー層が、前述のように「上記の被覆を拭き取りや取扱いに強くするため~」用いられるという記載は、当該バインダー層が、本件第1特許発明と同様に保護コーティング層として認識されていることを示しているに外ならず、それが同時にバインダーの役目をも果たしていることを意味しているものと解すべきものである。
したがって、本件第1特許発明は、甲第1号証に記載された発明であると認められるから、請求人のその他の理由について審理するまでもなく、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許を受けたものであって、同法第123条第1項第1号の規定に該当する。
よって、結論のとおり審決する。
平成5年2月25日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)